コロナ時代にやってきた!40代女性アメリカ生活日記

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女性エンパワーメント系ネットフリックス②ジニー&ジョージア 2021年2~3月最新

 

2021年2月末にリリースされたばかりの、『ジニー&ジョージア』Ginny &Georgia。

こちらはアメリカ人彼が、あるあるな感じで見て気に入ってました。

 

『 ジニー&ジョージア』

www.netflix.com

 

主人公の女性の設定は超破天荒ですが、その子供を中心に、現代アメリカのティーンの感じや問題が伝わってきて面白かったです。

両親の出自が異なるバイレイシャル、いわゆる「ハーフ」の子供たちを前景化することで見えてくる彼らが早くも直面している人種問題、そのなかでの恋愛事情(同性愛もかなり普通に描かれている!)、セクシズムなどを、現代の問題意識のままに描き出してイマドキな感じを受けました。

 

登場人物の多様性は最近あるあるですが、このドラマはてんこ盛り。隣人のお父さんは聴覚が不自由なため、手話が出てきたり!

 

ちなみに、ティーンの同性愛(レズビアン)は、映画『モキシー』でもちょっとですが描かれていました。

※ モキシーに出てくる中華系の設定の女の子、日本でもデビューしてるモデル?さんでした。テラスハウスに出てたとか。

  モキシーについてはこちら→

dcus.hatenablog.com

 

あらすじ

いかにもなブロンド美人でセクシーなジョージア(30歳の設定!)と、その娘の高校生ジニー(ヴァージニア)、異父弟の小学生オースティンが、テキサスから東海岸の裕福なマサチューセッツ州の町に引っ越してくるところから物語がスタート。

 

テキサスでは、前夫が運転中の心臓発作による交通事故で事故死。そこから新規やり直しのための引っ越しですが、前夫の死因はどうやら、ジョージアが絡むらしい。。。

 

現在の物語に、ジョージアの過去が昔からさかのぼるかたちで挿入され、少しずつ家族の背景が明らかにされていきます。

 

派手な車に乗り、一軒家に落ち着いたジョージアは、実は破産寸前。

前夫の元妻が、夫の財産がジョージアにわたるのを防ぐために探偵を雇って画策! その調査の進展と前後させるかたち、あるいは、不眠のジョージアのフラッシュバックのかたちで、ジョージアの過去が明らかになっていきます。というわけで、スリラーの要素もあり! 飽きません!

 

お金に困ったジョージアは、到着早々、町の最大の名士であり、独身で知的雰囲気の若い人気市長にターゲットを絞り、まんまとそのアシスタントの座をゲット。持ち前の才覚を生かして大活躍、徐々に恋愛面でもいい関係に。

 

ジョージアは学歴はないものの、頭の回転が速く、人の心をつかみ、操作する天才的な才能の持ち主、というキャラクターなので、『ルパン』同様、なんだかこの人の手にかかれば、全部うまくいきそうな安心感で見ていられます(笑)

 

ちなみに、子供たちの名前は出生地から取っているとのこと(オースティンはテキサス生まれ)。

 

レイシズム

とにかくジョージアは誰もが認めるモテモテ金髪美人。しかし、娘のジニーはアフリカ系男性との子供。髪もウェーブが強く、肌の色も濃い。単独行動をすると、差別的行動の対象になることが、冒頭から随所で書き込まれます。

母ジョージアの黒光りする高そうなオープンカーを、ジョージアがガソリンスタンドで買い物中、娘ジニーが一人で洗車していると……、白人警察官が怪しんで近寄ってくる→が、ジョージアの姿を見て引き返す、とか。

セリフも一切ないこのシークエンスの暗示するところ、私はピンときませんでしたが、彼が、白人警官にありがちな差別と説明してくれました。

それから、アジア系の血を引く子供(しかしユダヤ教徒)、白人、アフリカ系の血を引くジニーの3人で買い物にいったものの、友達に無理やり一緒に万引きさせられるジニー。店員に気づかれた!のに、つかまって問い詰められたのは、ジニーだけ(他の二人はそばで神妙にみているだけ)、とか。

 (そして、そこに乗り込んでジニーを救助するのがジョージア!)

 

コロナ期もあって、人との接触も少ないため、まだアメリカにおける差別(自分にかかってくる種類以外)をまだよくわかっていないことに気づきました。

 

 高校生の図を見ると、すごく出自が多彩。

ジニーの恋人になる、学校の人気者で性格もよく、ノリもよく、ユーモアもあれば頭もいい(英文学特進クラスでエッセイ1等もとるわ、バンドやってて、恋人ジニーに捧げる歌をライブで歌っちゃたり、ジニーの誕生日に学校の廊下でお祝いフラッシュモブを仕掛けちゃったり、しかもそこではタップダンスしてる!)、統率力も人望もあるお金持ちの台湾と欧米系の両親をもつ男の子(名前忘れた…)。

 

この子もこの子で、出自によって差別される、というようなことを激白する回が。

アフリカ系だと犯罪者に見られる!というジニーに対し、アジア系だって、肯定的評価としても頭がいいとかギークとか、そういう見方でしかない、とかそういう感じ(うろ覚え)。

 

今の高校生世代であっても、アメリカで欧米系の白人ではなく、疎外感や出自を意識させられずに生きるのは難しいのかぁ、とちょっと悲しい思いで見ました。

 

が、現在の高校生の抱える悩み、として、こういう人々の声が出てきたのは、ようやく今なのかもしれません。

 

ゴシップガールとか、ビバリーヒルズとか、日本にいながら白人金持ち高校生たちに同化して見ていましたもんね。。。現地に自分が飛び込んだら、決して同じ視点ではないはず。

 

アメリカは日本人で住んでる方も多いので、実際のところ、どういう風なんだろう、とちょっと思いました。

 

第1話では、ネトフリ映画『モキシー』同様、英文学クラスが出てきます。

アメリカ文化・教養・言語の標準となる英文学クラスのリーディングリストにあるのが、白人男性ばかりであることを、さっそく転校生のジニーが指摘。これで一気に一目置かれる存在に。

 

このクラスで、ジニーはのちの恋人になる台湾系の子や、親友になる隣人マックス(この女の子が同性愛者)と出会うのですが、このクラスの雰囲気がいい! ジニーを「おお!」という感じで評価し、同調するんです。こういう感覚を今の高校生が共有しているなら、今後、いろいろ変わっていくんだろうなぁ、と思えました。

 

ただ、白人男性教師は、そもそもジニーの見た目から、「ここは特進クラスだから合わなかったらレベルを下げればいい」みたいな超無礼なこと(しかも根本にはレイシズムの偏見)を優しく紳士的に、かつクラスのみんなの前で言い放ちます。そして、決してジニーには最高点を与えない。

この教師に対するジニーの対応は非常に策略的でしたたかで、ジョージア的でした。

 

この英文学クラスエピソード、『モキシー』と続いたので、いまどき英文学専攻で白人男性作家研究をやるのって、相当の批判精神盛り込まないと、もはや時代遅れになってしまうのかも~、とも思ってしまいました。

 

レイシズムオススメ本

ヨーロッパで、アジア人を低く見るような視線に触れた若かりし頃は、若かったこともあってやはり混乱し、すごく怒りがありました。

日本の学校では、みんな平等!と習っていたので(笑)

 

そういう現実のなかで支えになったのが、本でして、知識はやっぱり強い武器になると思います。

 

もしも、欧米でアジア人として低く見られているような葛藤にあったら、次オススメです。もう今は、大学で習うような鉄板でしょうか。

 

エドワード・サイード『オリエンタリズム』

アジア人差別の根底にある価値観は、ヨーロッパが帝国主義時代にヨーロッパの侵略を正当化するために作ったものであり、ヨーロッパによるヨーロッパのためのヨーロッパ中心的世界観なのだ、というのがわかると、あらゆることがすっきり見えてきました。

 

ジェンダーが社会的に作られたものだ、というのと同じようなつくりの話です。

 

フランツ・ファノン『黒い皮膚、白い仮面』

フランス領アルジェリア出身で知的エリートの精神科医であるファノンが、フランスでは、ただの一人のアフリカ系男性として認識され、晒される視線。

そのとき自己防御のように、自分は白人に近いかのように考え(知的エリートである、肌の色もそれほど濃くない、等々)、それによって自身がいわゆる「黒人」とは違うんだと思おうとする様子を、自分の体験をもとに徹底的に批判的に考察していきます。

 

脱亜入欧の精神のまま、なぜか、かたくなに「アジア」と同化しようとしない、第二欧米人のような位置取りを気取ってるような(言い過ぎ?)日本の感覚ともちょっと似てるような。

 

自分に対する差別を認めるのは、結構きついというか、難しいことでして、自分は差別されていない、差別されている対象とは違う、と考える防御を無意識にとっていることは多いです。そこで目をそらさず、自分をとことん痛めつけるまでに分析していく様子は、ほんとに魂の叫び!って感じです。

 

 ちなみに、ファノンでは、「バナナあるよ」という売り声(アフリカ系のステレオタイプ)にびくっと反応する自分、というような描写が確かありました。

ヨーロッパの映画館で、欧米の映画のなかでアジア人が箸で麺をズルズルっと派手に音立ててかき込む場面をみたとき、恥ずかしさを感じた自分を思い出しました。

何か不思議な反応なのですが、自分の属するものを西洋人の視線からみて、恥ずかしいと判断しちゃってる自分を感じて、自分もまだまだだ。。。とちょっと情けなく思いました。

  

アメリカでももちろん、所属も肩書もなしに路上にたつと、自分がアジア人女性として意識されているのを感じます。

こういう感覚から自由になれるのは、自分の見た目が多数派の東アジアになるのでしょうか……。

 

どの出身であれ、少数者であれ、優越なしに、バイアスなしに、いられる社会になればいいなぁと思います。

 

高校生の性事情―性教育とコンセント

新作ネットフリックスドラマ群では、性虐待も随所に出てきます。

ジョージアは幼い時に養父から性的虐待を受け、そこから逃げ出そうとして、ジニーの父親ザイオンと出会い、大恋愛の末、妊娠・出産。

しかし、ザイオンもまだ学生、しかも両親は裕福だが厳格。貧しく家庭環境も悪く身寄りもないジョージアが出産したジニーをザイオンの家で引き取り、育てることを提案します。ただ、ジニーを愛するジョージアは、それに賛同するザイオンにも反発。ジニーを連れて逃げ出し……というのが始まり。

 

 ザイオンがのちに登場し(34歳という設定で笑った!というのも、なんだかやたら人生経験ある感じで、せめて40代でしょ!)、かっこいいです。が、ジョージアのもとに戻ると言いながら、ジョージアと市長の様子を見て、二人のために身を引く、と勝手に判断して、出てく、とか、超コミュニケーション不足の自己完結ナルシストでした。市長のほうが断然良いでしょう。

 

高校生の性を取り巻く状況も赤裸々でした。

男女ともセックスにあこがれを抱いてバカをする、とか、見ていてハラハラしましたが。

どこまで現実かわかりませんが、日本よりも格段に進んでいるな、と思ったのが、

 

・緊急避妊ピルが市販されていて高校生でも買える

(ただ、買いに行ったジニーに薬剤師が、普通はパートナー男性が買いにくるものだ、男子高校生ならクーポンを持っている、と言い放ってました)

 

・高校生でも男女がセックスの前にコンセント(同意)をしっかり、しっかりとる!

 

ところ。

 

日本の少女漫画だと、いきなりつかんでキスをする!とかあるあるですが、これって犯罪になるのでは、と思ってます。

 

「無理やりされてうれしい」「不意打ちにきゅん」とか、少女漫画で様式化されて延々と引き継がれていますが、これ、程度が進むとレイプですし、犯罪を助長させかねない。国際的スタンダードでもアウトなので、そろそろ意識してやめないとまずい気がします。

無理やりされる、という状況を神聖化すると、ハラスメントをハラスメントとして認識できない被害者予備軍増えそうですし。

 

あと、ティーン世代を極端に書いているのか、友達どうしでなんでも秘密もシェアしすぎ!

そして、好き!嫌い!でつるむのが極端すぎる。合わなかったら、一人でいいのでは、と思ったのは、自分が40代だからでしょうか。。。

 

まとめ

スリル要素あり、現代アメリカティーンの生きざま?あり、で面白かったです。

主人公のジョージアがある意味天才的なキャラクターなので、何が起きても解決できそうな安心感も。

音楽も良いし、テンポも速く、あっという間に見れました。

 

まだまだ明らかになっていないジョージアの過去がありますので(特にオースティンの父はまだ何も出てない)、2シーズンも謎解き要素たくさんありそうです。

ジニーがこれからどうするのか、とか。

2シーズンにも伏線がつながっているようで、楽しみです。

 

同じころにネットフリックスでリリースされた映画『モキシー』と結構重なる部分があるので、併せてみるのをオススメします!

 

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