コロナ時代にやってきた!40代女性アメリカ生活日記

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セックスアンドザシティ続編、And Just Like That公開――1―3話レビュー

ドラマ、セックスアンドザシティの続編『And Just Like That』が公開されました。

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2月にかけて、HBO Maxで毎週木曜更新の模様。

初回は3話が一気に公開されました。

以下、感想です。ネタバレ含みます。

 

設定

舞台は変わらず、ニューヨーク。

ドラマと現実の時系列は同じで、あれから20年くらい?経った設定。

俳優たちもそのまま、演じる劇重人物同様の年齢を重ねて登場します。

 

私が2000年代に見たのはシーズン1か2くらい? コロナの去年、amazonプライムで一時無料になっていて、シリーズ4の途中くらいまで見進め、映画版も2つみました。

当初のシリーズは、結婚というかたちにこだわらず、思うがままに人生を謳歌するNYCのパワーキャリアウーマンたちの話で、恋愛・セックスも含めてタブーなしに赤裸々に語る姿が、1990年代、ミレニアムの幕開けとしてはふさわしい新しさでした。

 

主人公たちの恋愛模様を絡めて、キャリーのコラムのかたちで進む恋愛談義、そしてNYCを背景としたファッションも話題に(おしゃれなところだけを切り取って、架空のNYC像を作り出した功罪も)。

恋愛にも仕事にも全力の社会的にも経済的にも成功した女性たちのパワーがとにかく圧倒的だった。

 

ところがシリーズが進み、世界的人気作になるなか、映画では、ビッグとキャリーが結婚!! 大富豪と結婚して、1BR住まいのファッショニスタが豪華クローゼットのセレブ生活を得てめでたしめでたし♪になってしまい、当初のコンセプトが根本的にひっくり返って、結婚がゴールの話になってしまった、という批判も。

 

視聴者の反応をみて、本来のストーリーが変わってしまうのは、人気のショーやシリーズショーにつきもの。セックスアンドザシティもそのパターンでした。

良し悪しはともあれ、きれいなオチがついたシリーズが、復活。

50代になった彼女らのその後を描く、ということで大注目されています。

2020年代、コロナの状況も劇中で反映されているという点も注目です。

 

サマンサ不在

新しいシリーズということで、おなじみのイントロは不在なのはちょっと残念。

それから、キャリーのナレーションで始まるこれまでのシリーズに対し、状況の説明は、すべて会話劇で進んでいきました。

(ちなみに、締めにキャリーのナレーションが流れます。この締めの語りを切り出すのが、タイトルのAnd Just Like That)

 

1話冒頭から、会話が不自然なほどに説明的。

1話はほぼ、状況説明のための回です。

 

おなじみの3人(キャリー、シャーロット、ミランダ)がレストランのブランチのテーブル待ちをしているシーンから始まり、またもやおなじみのランチで近況報告のシーン。

このなかで、なぜサマンサが不在なのかが説明されていきます。

サマンサはキャリーの広告担当を外され、仕事の縁は友情の縁とばかりに縁を切り、ロンドンに移って仕事をしているとか。誰のテクストメッセージにも返信はない、という設定です。(が、2話になって、本人不在で「登場」します!)

 

ネットニュースを見ると、サマンサ役の女優とキャリー役の女優(サラ・ジェシカ・パーカー)との確執ゆえのようですね。

 

が、3話までの出来を見る限り、サマンサ(役女優)が登場しなかったのは賢明な選択だったように思います。

 

1話

とことん説明的です。

 

ビッグとキャリーは豪華アパートで仲良し。キッチンでワインのみながら料理を作って、曲かけて……と、セックスアンドザシティのときのようないちゃいちゃぶりで、なんだか自分が年とったせいか、彼と見ていたせいか、若干、おなかいっぱいな感じでした。

が、これは伏線。(次の行ネタバレ)

最後に、なんと、ビッグ死んじゃいます。

ワインなどよく飲み、心臓に問題があるなか、自宅でバイクしていて心臓にきた模様。

冗談ではなく、気を付けよう、と思いました。

 

シャーロットの2人の娘(2人とも養女でしたっけ?)はすくすく育ってティーンに。シャーロットは変わらず、感情マックス・むき出しで生きていて、娘たちにもシャーロット流に愛情たっぷり注いで幸せそう。

 

キャリーは、LGBTQ系ポッドキャストショーに出演し始めます。

 

ミランダは、法律事務所を辞めて、コロンビア大学の人権系セミナーに通い、修士号を目指している設定。(劇中通っているのは、1つのゼミだけなのですが、その他の授業も出ているんでしょう。)

最近のいろんな出来事で、人種問題に目覚めたとかです。

 

ミランダのこの設定により、これまでのセックスアンドザシティからはほぼ排除されていた、ニューヨークの地下鉄・ホームの風景が出てきます。

タクシーか徒歩移動のキャリーたちの生存圏にはなかったニューヨークの風景と人々です。

 

さて、1話のプロットの軸は、コンサート。

シャーロットのアジア系の養女リリーがピアノに秀でていて(このあたりも、ちょっとステレオタイプ的ではありますよね。。。)、マンハッタン・ミュージックスクールを会場に発表会があるとか。そこに、キャリー、スタンフォード(この俳優さんが9月に亡くなったとかで。今後は登場しませんね。3話までは結構出ています)、そのパートナーになったアンドリュー(?だっけ)、ミランダ&スティーヴ&その息子(彼ももう10代後半で、彼女といちゃいちゃ)が勢ぞろい。

 

会場になぜかワインボトル持ち込みで紙コップで飲み始めるミランダ。(やばいって。。。普通におかしいし、さすがに匂うし浮くでしょ。。。)と、これも今後の伏線になるようです。

 

ビッグは気が進まず、誘いを断り、自宅でオンラインでみんなでバイク漕ぎ。

 

シャーロット養女リリーの演奏と、ビッグのバイクシーン、が交互に挿入されます(この編集もなんだか古い感じを受けてしまいました)。

 

シャワーを浴びながらくずれ落ちるビッグ。。。

最後に帰宅したキャリーが発見して、1話終了。

キャリーとビッグが切り返しで写され、呆然とするキャリーが長写しになったり、なんだろう、ネットフリックスドラマに慣れた身としては、もう映像編集が古い?

こんなの長々見せられても、早く助けて!としか思わない。

高価であろう靴のまま、おしゃれ服のまま、流れっぱなしのシャワーに駆け寄るキャリー。靴が脱げて裸足になる、という足元を数秒写しこんだり、とか、そこじゃない感が結構ありました。

ファッショニスタキャリーが、ジョン(=ビッグ。これ以降、キャリーはジョン、ジョンと連呼)のために、ファッションなどかなぐり捨てるのだ、と見せるための編集だとは思いますが、ちょっと古い。

 

発見!ですぐ次回~、になったほうが、スリリングだった気がするのは、ネットフリックスドラマ慣れしすぎちゃったのでしょうか。

 

2話

第三話までは導入なのか、新しい舞台設定づくりのためか、なんだか説明的すぎてイマイチです。

 

第2話は、葬儀の話です(笑)

 

葬儀がおしゃれーです。

 

棺に花は不要、と言いつけていたにも関わらず、葬儀場につくと、棺に花が。。。

 

なんと、サマンサからでした!

キャリー、花はそのままにしておいて、と。ミランダ、シャーロットも喜びます。

あとから、キャリーはスマホを開き、一方的なメッセージだけが並ぶテキスト画面から、Thank youと一言。サマンサ宛のテキストでしょう。

 

というわけで、劇中では、サマンサ不在ですが、和解してます!

良かった!

 

ミランダ、どこでもアルコール飲むのが気になりますね。たぶん、アル中?

 

3話

第三話は遺言の話。

遺言を開けると、100万ドル(1億円?!)が、元妻ナターシャに、ということに、キャリーはショック。

もしや知らない間に連絡を取ってたのでは?と疑心暗鬼。

ナターシャにメールをしたり、勤務先を突き止めて勤務先に突撃!(本人が出社したのを見届けたのに、「ローマ出張中」と秘書に言われて追い返されちゃいます。その後、ビルの窓越しにナターシャを見つけ、見られ、自尊心崩壊)。

 

二人の友達を引き連れて、きゃーきゃーするこういうくだりは、セックスアンドザシティ時代と同じ。

変らないっていったら変わらないけれど、なんだか30代のドラマと同じこと見せられてもなんだかな、と。

 

ちょっと冷めてしまいました。

 

ナターシャは相変わらずきれいで、仕事も成功していて、すでに2人の子供もいて、遺産は受け取らない返事をしてあり、チャリティに送るよう言ってある、と。

彼女がずっと大人でした。

 

いきなり死んだら、確かに疑心暗鬼にもなりますかね。

 

いきなり死んだときように、いろいろと整理しておこうかという気にはなりました(笑)

 

さて、キャリー、豪華マンションに戻らず、夜中に散歩でかつての1BRアパートにやってきます。

 

結婚至上主義ではないはずのドラマを結婚で終わってしまったのが前作。

続編冒頭、夫ビッグが突然死。

これでシングル女性@NYCの舞台が再び整いました。

というわけで、4話から、いよいよ50代女性の恋愛模様などに進むのでは、、、と予測しています。

 

LGBTQと人種問題

続編が新たに取り上げるのは、加齢や50代の恋愛のテーマかなぁ、と思いきや、今のところ、ぶち込まれたテーマは次の2つ。

 

1.LGBTQネタ

キャリーがポッドキャストに出るので、今後このネタが続くでしょう。ポッドキャストの主催のチェは、ノンバイナリー(性を定義しない)のコメディアン。この人物もいろいろと絡んできそうです。

早速2話、3話でミランダと微妙に接近?!

さらに、シャーロットのもう一人の娘が、家でスケボしたりと、ボーイッシュ設定。これも今後、ピアノ演奏好きの女性的なリリーとの対比でこのテーマに寄せられていくと予測。(3話では、「girl」という呼ばれるのがしっくりこない、とシャーロットに告白。)

いまのアメリカのティーン世代は、LGBTQにオープン。子供世代が異性愛以外を自認することは結構多いと思うので、この設定はとても現実的かも。

 

セックスアンドザシティでは、スタンフォードのゲイの描写があまりにステレオタイプ的(日本で言う、「オネエ」風ふるまい)だったことが批判されていました。当時はもしかしたら先端だったかもしれませんが、今から見ると、このゲイイメージ(ちょっと意地悪で皮肉なことを言い、ファッショニスタでちょっとエキセントリック)による人物造形はもはやアウトかと。その挽回とばかりに、LGBTQのテーマが重要なパートで取り込まれていますが、どうも嫌な(滑る)予感しかしません。。。

 

なんといっても、このテーマ、ネットフリックスドラマの定番で、視聴者の感度が上がっていますから。。。そちらを見慣れた身としては、LGBTQポッドキャストに50代たちが触れて、学んでいく、という設定はいかにもすぎるというか、キャリーたちの古さを強調するだけになっている気が。

 

3話では、チェのコメディショーを見に行き、それぞれが悩みを抱える中、「変るんだ!」という熱狂的叫びに感動している3人が。。。

あまりに単純というか図式的な流れで、ちょっと引きます。。

 

2.人種問題

もう一つのテーマが、ブラックライブズマターで話題になった、レイシズムの問題。これは、ミランダのパートで扱われていきます。こちらも、1話がやばかったです。

 

張り切って、大学の少人数ゼミにいくミランダ。若いクラスメートにちょっと気が引けるのはただの序章、登場したブレイズヘアの黒人系若い女性との間にひと悶着。

ミランダは、教授が座る席に座った彼女に、注意します(ミランダ自身、その席に座ってクラスメートに注意された)。

ところが、彼女が教授だと知り、今度はべらべらと、人種問題への過剰な問題意識から、むしろ彼女の黒人性をあげつらうような、強烈なレイシストともとれるような無神経な発言を繰りだします。

 

(アメリカ人彼は、ここで本当にドン引きして、もう聞いているのに堪えられない、となっていました。)

 

なんというか、50代のそれなりにステイタスある女性が、いまごろこんな意識でこんな発言をしかも大学の人権ゼミでしてしまう、というのは、さすがにありえない。よほど無神経なおばかさんか自覚的レイシスト。

というわけで、これまでキラキラしていたミランダが、人種問題に目覚めたけれど現実には無自覚にレイシスト的発言をして気づかない鈍感な白人おばさんだった、という設定になってしまい、残念きわまりなかったです。。。

不躾なまでに直球の物言いは、恋愛テーマだと小気味よく響いたけれど、さすがに人種問題でやるとひどい。目が当てられない。。。

 

2話でも、入構のためにIDを見せる行列で、すっと入るミランダに対し、この教授はIDをかばんのどこに入れたか忘れて足止めに。

ガードマンは、教授に対し(バックパックにカジュアルな服装で学生っぽい)、列から外れて探すよう、ぞんざいに告げます。

それを見たミランダが、再度、黒人だから不当に扱っているのでは、という怒りとともに、彼女は教授だ、私はさっとパスできたのに、みたいな介入。これも本当に微妙ですよね。正しく不正に対して怒って行動しているつもりのミランダに対し(不当な行為を見たら、すぐに行動せよ、と本に書いてあったから、的な発言)、「IDを見せないから入れなかったのだ」と説明する教授。

 

こういう学生(しかも悪意なし)相手にする教授も大変だなぁ、と思います。

 

これから変わっていく、という物語設定とは思いますが、それにしてもスタート地点のミランダの古さ、遅れがひどい。

これまでのミランダの設定からしても、理解不能でした。

 

そして、この二つの問題の取り上げ方をみて、制作側の意識が現代についてきているのか、それとも1990年から2000年代に強烈な都市・ファッション文化をアピールした制作人が、その意識のままに単に最先端の社会テーマをとりあえず取り込んでみたのか、(どうも後者ではないかと)強烈な疑問を抱きました。。。

 

第1話から第3話は五段階で、☆☆

 

1990年代に最先端だったドラマが、2020年代には時代についてこれずに取り残されたドラマになってしまったのかなぁ、、、というのが正直な感想です。

 

社会的テーマをエンタメにうまく取り込んだネットフリックスドラマが、去年、今年とコロナの時期にたくさん作られて、視聴してきました。

そんななか、このドラマはなんというか一世代前のテレビドラマ的な感覚。

残念な感じです。

 

もう見なくていいかな、と思ったのですが、設定が整ったので、4話から改善する希望も。

なんだかんだ、見てしまいそうです。

 

ちなみに、やっぱりレビューサイトでも評価低いですね。5-6くらいのようです。

 

ファッションも、なんというか3作までは、とにかく会話劇での説明が多くて、ファッションどころではないというか。

お葬式シーンのキャリーのファッションと、ピアノ発表会用に娘二人にお揃いで作ったワンピースだけ印象に残りました!

 

コロナ期書いたSATC感想。

dcus.hatenablog.com

 

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